最高裁判所第二小法廷 昭和47年(オ)577号 判決 1973年4月06日
上告人
八幡産業株式会社
右代表者
小川弘
右訴訟代理人
荻矢頼雄
新宅日出男
破産者朝日染料株式会社破産管財人
被上告人
小長谷国男
主文
原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人荻矢頼雄、同新宅日出男の上告理由について。
原判決は、破産者朝日染料株式会社(以下、破産会社という。)と上告人との間の債権譲渡契約が昭和四〇年七月一六日に成立した事実を認定したうえ、それから一五日を経過したのちの同年九月二一日になされた訴外鐘淵紡績株式会社(以下、鐘紡という)に対する本件売掛債権一〇〇万円の債権譲渡通知につき、破産法七四条一項の規定に基づく被上告人の否認権の行使を認めたものであるところ、論旨は、右規定の定める一五日の期間は対抗要件具備が可能になつた時から起算すべきであるが、原判決にはその規定の解釈を誤つた違法があると主張する。
思うに、同条項の規定は、支払の停止または破産の申立があつたのちに対抗要件を充足する行為がなされた場合において、その行為が権利の設定、移転または変更のあつた日から一五日を経過したのちに悪意でなされたものであるときにこれを否認することができる旨を定めたものであるから、右一五日の期間は、当事者間における権利移転の効果を生じた日から起算すべきものであつて、権利移転の原因たる行為がなされた日から一五日を経過したのちであつても、権利移転の日から一五日以内に、対抗要件を具備する行為がなされた場合には、右規定に基づいてこれを否認することはできないものと解するのが相当である。
しかるに、原判決の認定によれば、破産会社と上告人との間の前示債権譲渡契約は、上告人の破産会社に対する手形割引による債権の担保のため、破産会社と鐘紡ほか二社との間の取引に基づき現在および将来にわたつて継続的に生ずべき破産会社の売掛債権を上告人に譲渡し、担保の実行たる譲渡債権の取立は、割引手形のうちの一通でも不渡りになつた時に、右三社のうち上告人の選択する一社に対するその当時における売掛債権のうち、被担保債権の未払分相当額について行なうべき旨を約したものであるというのであるから、鐘紡に対する一〇〇万円の本件売掛債権につき、右契約時にただちに破産会社から上告人への権利移転の効果を生じたものとは解されない。そして、原判決は、右一〇〇万円の本件売掛債権が破産会社から上告人に移転された日時を確定していないのである。
したがつて、本件債権の移転の時を確定することなく、単に、その原因行為たる債権譲渡契約のなされた日から一五日を経過したのちになされたものであることのみを理由に、本件債権譲渡通知行為についての否認権の行使を認めた原判決は、前記規定の解釈を誤つたものであつて、論旨は右の趣旨において理由がある。
よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(岡原昌男 村上朝一 小川信雄)
上告代理人荻矢頼雄、同新宅日出男の上告理由
原判決にはつぎのとおり破産法第七四条一項の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は明らかに判決に影響を及ぼすものである。
一、破産法第七四条一項による否認の第一の要件として、対抗要件充足行為が権利の設定移転又は変更の日より一五日を経過してなされたことが必要であるが、この一五日を経過してなされた対抗要件充足行為を否認しうるものとしたのは、通常権利の変動に対抗要件を具えるには一五日あれば足りるから、その間対抗要件を具えずに放置し危機徴表後にあわてて対抗要件を具える行為を債権者を害するものとみたためである。したがつて、右期間内に対抗要件を具えようと思えば具えることができるのにこれを放置して具えなかつたことが右規定の当然の前提となつているものと解すべきである。右期間内に対抗要件を具えようと思つても特約等のためこれを具えることができない場合は、右期間を経過したことにつき行為者に何ら責められるべき事由はなく、その後になされた対抗要件充足行為を、右期間経過後になされたことの故をもつて否認しうるものとすることはできないものと解すべきであつて、むしろこの場合は、右一五日の期間は権利の変動のときから起算すべきではなく、特約等の関係で対抗要件を具えることができるようになつたときから起算するものと解すべきである。
本件の場合、原判決事実から明らかなように、上告人は、昭和四〇年七月一六日、破産会社から第一審判決事実摘示欄の一覧表第三、四および六回の手形金の担保の趣旨で、本件債権譲渡を受けたが、同時に破産会社に対し、右債権譲渡の対抗要件たる譲渡通知の発送を、右三通の手形のうち一通でも不渡りとなつたときに上告人が破産会社に代つて行なう旨約したものである。そして、右手形のうち第四回の手形が不渡りとなつた(第三、六回の手形は決済ずみ)のは同年九月二〇日であるから、上告人は、同日はじめて、破産会社に代つて債権譲渡通知を発送することができたのであつて、それまでは、たとえこれを欲しても、特約により行なうことができなかつたものである。
原判決が、破産法第七四条一項を機械的に解して、本件のように、特約により対抗要件の充足が権利の変動のときから一五日内にできない場合にも、右一五日の期間を権利の変動のときから起算して、本件対抗要件充足行為が一五日経過後になされたものとしたのは、以上述べたとおり同条第一項の解釈適用を誤つたものである。
二、つぎに破産法第七四条一項による否認の第二の要件として、支払停止または破産申立後における破産者の行為により対抗要件を具備したことが必要であるが、原判決認定事実から明らかなように、破産会社から上告人に対する本件債権譲渡通知発送の依頼は、危機徴表のない債権譲渡契約時になされ、被担保手形の不渡り発生のときに改めて別段の意思表示を要せず上告人が破産会社に代つて譲渡通知を発送しうるものであり、かつ、右時期に上告人が譲渡通知を発送することは当初から予定されていて、譲渡通知を発送するかどうかについて破産者の意思を容れる余地が全くなかつたのであるから、右不渡発生時に破産者の行為がなかつたものというべきである。
それにも拘らず、原判決が、右認定事実に破産法第七四条一項を適用したのは誤りである。
三、おわりに、破産法第七四条一項による否認の第三の要件として、対抗要件の具備が悪意をもつてなされたことが必要であるが、同条項にいう悪意は、単に支払停止または破産申立があつたことを知るのみでは足りず、そのほかに、権利の変動を公示しないままに放置し、いざという間際になつて債権者の満足を遮断しようとする意思が必要であると解すべきである。なぜならば、破産法が他の否認の条項たとえば第七二条各号では「支払停止または破産の申立があつたことを知つたとき」と規定しているのに対し、本条項では悪意という言葉を使つて用語を異にしているのは、違つた意味をもつものと解するのが自然であり、そうだとすれば、対抗要件の否認を、他の行為の否認より困難にしている本条項の立法趣旨から、本条項にいう悪意を右のように解すべきであるからである。
原判決が本条項の悪意を単に支払停止または破産申立があつたことを知つたときと解し、原判決認定事実に本条項を適用したのは誤りである。
以上述べたように、原判決は、破産法第七四条一項の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は明らかに判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄されるべきである。
以上